2008年11月15日土曜日

友人Bの話~小学校高学年編

 一般的には3年生になるときと、5年生になるときにクラス替えがありますが、Bの学年では、3クラスと4クラスのちょうど境界の人数の120人前後であったので、クラス数が変更になるときにクラス替えがあった。低学年編では書かなかったが、2年生になるときにクラス替えがあり、今度は4年生になるときにクラス替えがあったのだ。4年生でのクラス替えで、Bは友人達と離れることになった。そして孤立した。
 4年生の担任はベテランの女性教師だったが、頭のかたいところがあり、たまに突飛な行動に出るBはあまりよく思われていなかった。1人呼び出されたおこられることも何度かあった。
 Bは、何を思ったか、クラスでもスポーツが得意な子供たちと遊ぶようになった。B自身は運動は苦手であった。なぜBがそのような子供たちと遊ぶようになったかは、B自身もわからないようである。
 その中に、クラスで最も走るのが速いAという少年もいた。Aはスポーツが得意な子供の集団の中では地味な存在であった。このAという少年は、のちにBの人生に大きな影響を与えることになる。
 さて、担任との相性が悪かったこともあり、Bの授業態度は一気に悪くなった。といっても、ぼーっとしているだけであるが。Aとは席も近く、担任が嫌いという点で気が合い、次第に仲良くなった。4年生は明らかになじまないグループにいたものの、無難に終わった。
 5年生で担任が変わった。新人の男性教師であった。この男性教師は明らかに小児性愛の傾向があった。また、根暗で非現実的なこともよく言っていた。
 この5年生の一学期に、Bの人生を方向付ける大きな事件があった。いじめである。
 いじめの主犯はAであった。内容としては小学校5年生ということもあり、暴力や小遣いと取られるといったそれほど悪質なものではなかった。主犯がAで、その支持をスポーツが得意な子供たちが聞き、Bに乱暴するというものであった。
 Bは最初は耐えたが、その影響で他の学校生活でも問題行動が多くなった。担任に暴言を吐いたり、他の子供たちとけんかをするようになった。また、いじめグループとともに、今で言う学級崩壊のようなことも起こした。周りから見ればBがいじめられてるというようには見えず、Bも問題行動を起こすグループの1人と見られていた。むしろ、実行犯はBであり、Bは1人でも問題行動を起こしたので、Bが一番の問題児であると見られていた。
 Bはいじめに耐えかねて、母親に泣きながら全てを話した。それで夏休みにはB、Bの母親、A、Aの母親、その他に関わった子供たち、担任、学年長などで話し合いが行われ、解決した。といっても、BはAだけは許さなかった。AとAの母親に謝られたものの、結局許すことはなかった。
 2学期からは、BはA以外の子供とはもとの仲にもどり、遊ぶようになっていた。また、他のクラスメートとも遊ぶようになった。当時はミニ四駆が流行っていて、いろいろな子供たちと競争した。Bは一学期は小遣いをほとんど取られたので1人ミニ四駆を持っていなかったが、夏休みに祖父母からもらったお金でミニ四駆を購入し、他の子供と一緒に改造や競争を楽しむようになった。
 長くなったので、ここで一度記事を閉じようを思う。

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